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プラスワンとは何か?!

 

バブル崩壊により1973年(昭和48年)12月から続いた安定成長期は終わり、失われた20年と呼ばれる低成長期に突入した。
1991年株価は下落1993年体感出来る本格的な崩壊に突入する。
20年の間、飽食のつけを払い続け、底を支え続けてきたのは一般労働者である。
企業は開発投資を止め、存続だけの為ただひたすら価格競争に陥り百均社会を作り上げた。
イニシャルコストさえ安ければ何でもいい、それは資源のない日本において逆行する大量生産、大量消費、大量廃棄を助長し、20年の間に日本の製造業は取り返しのつかない終焉を迎える。
以前の日本の開発力は自動車・電子機器・ゲーム機など先端的な技術力から経済は安定し、携帯やパソコンなど国内の需要で十分賄われていた。
「日本基準が世界基準」この傲慢さはいったん開発投資を止めるとすべてがガラパゴス化し先端産業のすべては競争力をなくした。
日本企業は保守的、閉鎖的になり新しい技術をはじめから疑い、既存企業の集約・系列化が始まり安物文化の到来となる。
良いもの高いものが市場にはないわけだから、量販店ではすべての商品が金太郎飴となり全てがメイドインチャイナとなる。
こうなると如何に付加価値が高い商品、技術を一業者が説いても誰も買わない。

プラスワンテクノロジーが抱える商材は皆小規模だが、個々の技術は比類の性能を有している。
他社との性能比較試験で比類の効能を上げている光触媒「サンフラッシュ」
35年間、耐候性鋼材だけを製品化することで錆ない鉄を作り続ける「フロント」
水酸基をアセチル基に置換し腐らない木材を作り上げた「アコヤ」
塗るだけで表面硬度も、撥水性能も防汚性能もまさにガラス化する「Pシール」
皆かたくなだ。
誰もやらない、誰にもできない機能を物作りにしたい。
プラスワンの向かう付加価値の相乗効果は思いもよらない製品を創造し続ける。

 

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2015/09/21        plusonetech   |    タグ:デザイン

百年家具

―使用者目線・利用者目線―
塩化ビニールの製の病院名が印刷された、青や赤のスリッパ足を通すことに躊躇する経験・・・あなたには無いだろうか。 使用者側として治療優先を大義名分化しメンテナンスが楽な方法を得るのか、スリッパの清潔感にも、利用者側に対するサービスを行うべきなのか。 高齢者社会における介護、メーカーが注力するのは介護する人がいかに楽かばかりに視点が行って介護される側が、如何に心地よいかが本当に問われているか。
手作りと言うのはまさに、丹精こめて一つ一つを作り上げるため、姿かたちも若干違うもので、俗に言う手作り感とは似て非なるものなのだ。 手作りは良いのだけど、高いし、手間がかかるから手作りの感じを残したまま量産しましたましたでは、何かだまされているような感じがする。
本当のもてなしやサービスとはホテルなどにおける使用者側の利便性でなく、利用者側の満足度なのではないか。 利用者目線とは、利用者が選択をしたことに対する、思いかけないしぐさを感じるもてなしであり、その仕掛けがたくさんあることが満足度に対する評価なのかもしれない。
デートや結婚記念日、その日の為にドレスアップをして高級なホテルでの食事はかけがえの無いひと時を迎える最高のもてなしでなくてはならない。 今日この頃、食事がまずいとか、接客が悪いとか、設えが貧しいなどといったお店は存在すらしないのだ。 全ての条件が揃っている上で、特別な記念日のホテルでの食事が、それぞれの二人の為にどのような設えでなければならないのか。
某ホテルの朝食はお客様が起床なさったときが朝食の時間とし、昨日、風邪気味であられたり、疲れておられるようなら、それにあわせてメニューを作り変えると言う。 都内の某レストランでは一回でもご来店のお客様のリストは全て接客する方が覚えていて ××さまお待ちしてしおりました・・・“ご予約のお客様ですね”とは言わない 海外に進出した老舗の日本旅館ではお客様が生ものに手を付けていないと見取るや否や、黙って、てんぷらをお作りする。 誰も頼んでいないメニューを、だけれども、せっかくお泊り頂いたのに・・・心残りが無いもてなしとは日本人の持つ“察しの心”なのだ。 百年持つ家具の目線はどうか 椅子がスタッキングされたり、テーブルがノックダウンで組み立てられたり、確かに使用する側や製造する側から見れば、場所をとらないし輸送コストも軽減できる。 でも、利用者にとっては何の価値があるのだろうか。 本当の利用者目線とは利用者が気がつかないことにも、価値を見出しさりげなく作りこむ ステンレスのテーブル脚は全て溶接へアーライン仕上げ、全ての椅子は一本、一本溶接で塗装仕上げ。これならきっと百年たってもネジの緩んだ音がしないだろう。 多目的に使ったり、汎用性のある金型製品でノックダウン製造された椅子が本当の価値ではないとかたくなにこだわり、無骨に一つ一つ作り上げた商品に誰もなしえなかった永遠の味付けを付加し変わらない品質を持ち続ける、これこそプラスワンが求める物作りの真髄と自負し作り続けている。

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2015/09/15        plusonetech   |    タグ:デザイン

心のユニバーサルDESIGN

初めて外国の地に足を踏み入れたとき、新しい文化への期待と発見に人は興奮し感動する。
しかし、異国の地でアメリカ人はMac Donaldを見つけ、日本人はさしずめセブンイレブンを見つけてほっとするように、異国での安心感とは自国での日常感を見つけることなのではないか。
自国の安心感とはまさに、母国文化における五感に感じる気配に他ならない。

UNIVERSAL DESIGNの概念として、機能性、意匠性、利便性は欠かせない要素であるが、方や目に見えないバリアフリーとしての日常感の存在は「心のUNIVERSAL DESIGN」という新しい即物的でない概念を創造させた。
幼い頃、毎日座っていた小学校の椅子。
木製で重くて、汚れて、色もくすんで、決してして座り心地が良いとも言えない。
ただ、久しぶりに訪れた学び舎は、瞬時に若き日に回帰し、何年たっても又再び訪れたときに同じ椅子がそこにある、その椅子の存在こそが変らぬ日常感で迎え入れてくれる気配なのだ。
屋外においても腐らず、汚れず、いたずら書きが出来ない椅子。
ただ、触れただけで、見ただけで、買い物に疲れたお年寄りがちょっと座ってゆく、いつ立ち寄っても同じ椅子がそこにある。
そんな椅子にこめた気持ちが、変らぬ日常感で迎え入れてくれる気配なのだ。

効率化を追求する結果、無機的で無表情の近代ビル、見事に装飾された商業空間は隙が無く、一見景観としては整然としているが、人が集い、賑わいが無いと冷たいゴーストタウンになりかねない。
椅子と言う媒体が、若い人もお年よりも気楽に散策できる都市空間に集い賑わいを演出できたとき、初めて「心のUNIVERSAL DESIGN」と言う新しい概念が立証される。
プラスワンテクノロジ―が永遠の賑わいを演出できる黒子になれれば良いのだが。

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2015/09/15        plusonetech   |    タグ:デザイン